人生、山あり谷あり。山にいる時には有頂天にならずに、谷にいる時にもめげないようにする為には、人生に起こる喜怒哀楽のドラマを観客として観る視点を持つことでしょう。実際、この宇宙は神が宇宙ドラマを楽しむための劇場だといわれています。
大きな青い空を見れば、人が抱えている問題などは、人が作り出すまでは始めから存在していなかったことが実感されます。丁度、映画の最中は、映画に夢中になりハラハラドキドキしますが、映画を見終わり、劇場の照明がつけば、実はそこにはスクリーンしかなかったように、我々の人生ドラマも夢のようなものです。
そして大切なことは、我々が見る世界は、我々の心の反映にしかすぎないということです。丁度、グリーンのサングラスをかければ、世界がグリーンに見えるように、世界は見事に我々の心を映し出してくれます。
もし、世界が怒っているように見えるのなら、それは自分自身の内部にある怒りが外部に反映しているということです。もし、世界が愛に満ちているように見えるのなら、それは自分自身の内部にある愛が外部に反映しているということです。しかし、本当は世界は始めから特定の意味を持っている訳ではありません。
そのように、自分自身が自分の世界を創造しているのです。しかし、そのような世界を含めて、目に見えるものは、すべて移ろい行くものです。変化するものは真実のものではありません。何故なら真実とは変化しないもののことだからです。
この現象世界は諸行無常であり、世界も肉体も時の流れに変化しないものは何もありません。しかし、たった一つ変化しない真実のものがあります。それは、それらを観ている意識です。それはアートマと呼ばれ、世界が出現する前から存在し、永遠に存在し続ける無始無終もので我々の本質です。
我々は現象的に見れば、神から生まれ、神を体験し、神に帰る存在です。しかし、本質的に見れば、この瞬間でさえ、神そのものなのです。何故なら、この宇宙には神しか居ないからです。


